Molokai2Oahu 世界大会 総合8位

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7月31日に開催されたMolokai2Oahu Paddleboard World Championshipsのレースレポートです。(少し長くなります)

モロカイ島からKaiwi海峡を横断し、オアフ島を目指すことは数千年前から行われています。古代カメハメハ大王がこのKaiwi海峡を渡りオアフへ上陸。歴史上、数多くのカヌーがこの海峡で転覆し、ハワイの海峡の中でも一番渡るのが困難な為 Channel of Bones (遺骨の海峡)というニックネームがつきました。70年代にはHokule’a号が荒海の中、転覆。その際、Eddie Aikauがこの海峡で亡くなりました。そして、60年前から6人乗りアウトリガーカヌーでこのKaiwi海峡を渡るというレースが開催され、今ではサーフスキー、OC1、パドルボード、SUPと様々なクラフトでモロカイレースが行われています。

僕はアウトリガーカヌーを始めた時からこのレースに惚れ、2010年大学卒業直後、初めてOC6で渡った時に感化されました。そして10年間はこの海峡を渡り続けたいと思いました。その後、OC6で3回、OC1では5回渡り、2014年には自己ベストであり日本人歴代最高位の16位という結果を残すことができました。

2014からSUPを漕ぐ割合が多くなり、OC1のトレーニング不足の為、2015のOC1モロカイは21位という悔しい結果に終わりました。

SUPでモロカイに今まで出なかった理由はSUPでは他にも沢山の大会があり、モロカイのように長い準備期間を必要とする大会に本当に出れるのか?そして、果たしてほとんど乗った経験の無い17フィートの板に立ち続けKaiwi海峡を渡れるのか?という不安がありました。モロカイは経験=結果の大会だということも理解していたので、20代はその他のインターナショナルレースをまわり、モロカイに関しては20代はOC1、30代になってからSUPででてもいいかなと思っていました。

今年もOC1で出場して自己ベストのトップ10を狙うつもりでしたが、日本で開催されたVictoria葉山プロと日程が重なった為、今年の参加を見送ることに。一度は今年モロカイの大会に出場するのは諦めようと思いましたが始めた時に10年間は必ず渡り続けると自分に誓ったので、7月に開催されるでSUPモロカイに出場することを決断。カロライナカップ、ドイツ遠征などもありモロカイに向けたトレーニング期間が8週間と短くなってしまったことは少し不安でしたが出場を決めたからにはベストを尽くしたいと思いました。

SUPでのダウンウィンド経験はカヌーに比べると未熟で、17フィートの板に慣れる為に大会の2週間半前にMaui入りしました。最初は板のコントロールが難しく、不安な気持ちが正直大きかったです。最初の数日が経ち、本当にこれでKaiwi海峡を渡れるの?と思いました。そんな中到着して4日で出場したMaui2Molokaiでは9位。 ダウンウィンドでうねりを読んだり、繋ぐ技術があることは確信できましたがやっぱり板の上で慌ただしく落ちる回数が極端に多い。その後、大会までは板のコントロールに重点を当て残りの2週間を過ごしました。

今回調整する上で毎日一緒に練習していたのがオーストラリア勢のジェイムズ、トビー、マット、ケリーとブラジルにビニー。みんなMaui2Molokaiでもトップ10に入り、いずれMolokai2Oahuではジェイムズが4位、トビーが5位、ビニーが6位、マットが7位、ケリーが11位。今考えると彼らと毎日練習し時間を過ごすことにより今回の結果が生まれたんだと思いました。

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レース当日の朝は僕のOC1の友達のエスコートボートを見つけたら、荷物と今回サポートしてくれる妻を乗せて、スタートラインに向かいました。

スタートのホーンが鳴ってから最初の30分は7割ぐらいのペースで様子を見ながら。自分のすぐ後ろにジェイムズ、ビニー。左側100メートルにトラビス、トビー、マット、コナー。右100メートルぐらいの位置にカイ。そこから少しづつうねりが出てきて、サーフィンの開始。この時点ではできるだけ心拍数を上がらないようリラックスしながら最大限にうねりを使う。次第にうねりは大きくなり、1時間地点を過ぎたところから1キロ4分のペースを切るぐらいスピードが出ました。この時点ではKaiが200メートルほど北の進路を取っていて、その他の7人は半径200メートルぐらいの場所でサーフィン。抜いて抜かれて。2時間地点(24km地点)まではこのままレースが進みました。僕たちの後ろはエスコートボートも選手も見当たらず。その時点でこの8人のレースになると確信しました。この集団で漕ぐのは練習の時と変わらず、気持ちも楽に漕げました。

ここから他の選手達がペースを上げトラビス、カイとコナーが前に出ました。まだ2時間をちょうど過ぎたところなので、ペースアップにはついて行かず、最後潮がキツくなるオアフ島近辺で力強く漕げるように温存しました。そのままレースが進み3時間が経過。キロ4分台前半のペースを持続。複雑でかなり大きなウネリでしたが最高に楽しいダウンウィンド。サーフィンに集中し、気づいたらココヘッドから5kmのところにいました。ここからはオアフからのバックウォッシュの影響でウネリに乗りにくなりますが、ペースを抑えていた為、思っていた以上にウネリにのせることができました。

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Hawaii Kaiのアップウィンドに入った時点で前の選手も見えず、後ろを振り向いても他の選手が見当たらない。今までOC1で渡って来た時はここに来た時に周りに何人かの選手がいた為、最後は厳しいアップウィンドのスプリントとなっていましたが、今年は周りに選手がいなかった為、アップウィンドを気持ち良く漕ぎ切ることができました。

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総合8位でゴール(アンリミテッドと14フィーとを合わせて)。4時間30分39秒と日本人歴代ベストタイムを更新することが出来ました。ゴールした瞬間、達成感と「立って漕ぐことができた」という不安に勝てた喜びを感じました。そして、ゴール地点にいる沢山の人や日本の皆さんからおめでとうというメッセージをいただき、これ以上にない喜びを味わうことが出来ました。その後も沢山の選手達が笑顔でゴールするのを見て、モロカイが本当に特別なレースなんだなと改めて思いました。

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このモロカイのレースに出ることは他のレースに比べて何倍も大変です。それまでのトレーニングの時間を作り、家族に時間を自分の為に犠牲にしてもらい、板の手配、宿の手配、エスコートボートの手配など本当に沢山の人の協力が無いと渡ることはできません。今年この海峡を渡った全選手が困難を乗り越えてきました。結果問わず、Kaiwi海峡を渡ったすべての選手がチャンピオンです。

レースを振り返ると結果は8位という順位を残せましたが改善点が沢山見えたレースとなりました。2つの大きい改善点は:

  • 一番はもっとアンリミテッドの板に乗り慣れる時間を作ることが必要。2週間半ではやはり足りず、今回のレースでも合計6回は落ちてしまいました。最初の2時間は一度も落ちず、トップのペースに無理なくついていくことができたので、この落水を減らせば確実に順位は上がる。
  • 今回は守りのレースをしてしまった。どうしてもSUPで初めて渡る「不安」が取れず、もっともっと最初からアグレッシブにレースできたと想う。次回からは今年以上の順位を取らないと意味が無いので攻めたいなと思いました。

これらの改善点を磨けば、SUPでトップ5は夢では無いし現実に近い目標だと感じました。そしていずれは優勝するという確信も持てました。

今年SICが作ってくれた17フィートの板には日本の旗を大きくデザインしてもらいました。この一番の理由は “To Put Japan on the Map”、日本のパドリングも世界のトップレベルで通用するということを伝えるため。レース後に沢山の人から声をかけていただいたことを嬉しく思います。

最後に下記の人達に感謝の気持ちを伝えたいと想います。

Sono for always being by my side/ My parents for always believing in me/ いつも最高の板とサポートをしてくれるSICの山内さん/ エアロテック大曽根さん/ anny groupの二枝さん/ ザクロ屋の田中さん/体のメンテナンスをしてくれる加藤先生/ 食のサポートをしてくれる江戸一様/ Garmin・ 株式会社いいよねっと様/ KIALOA PADDLES/ パタゴニア/ SANUK/ Shotz Japan/ Spy Optics

そしていつも応援してくれる皆さん。本当にありがとうございます。

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来年のKaiwi海峡の旅がどのようなストーリーになるかが楽しみです。

Paddle with Aloha,
Kenny

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